大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所 昭和40年(く)2号 決定 1965年5月10日

少年 I・S(昭二一・四・一九生)

主文

原決定を取り消す。

本件を広島家庭裁判所に差し戻す。

理由

抗告人等の抗告の理由は記録編綴の抗告申立書および抗告申立書訂正並びに理由補充書と題する書面記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

所論は要するに、原決定の処分は著るしく不当であると主張するものである。

そこで原審事件記録ならびに少年調査記録及び当審で取り調べた資料によつて検討するに

本件非行はその態様、罪名からみて極めて悪質であり、鑑別結果によれば少年の資質にも可成の問題点がひそんでいることが窺われ、またその家庭環境も経済的には恵まれているが、母親のみの欠損家庭であり、右母親を含め実質上の保護者であつた長兄夫婦等が従来少年に対してとつてきた保護態度(特に情操面における)にも若干疑問の余地が存し、その交友関係も不良であつたことに鑑みれば、本件非行を契機としてこの際なんらかの保護を加える必要のあること(要保護性の存在)は充分に認め得るのであるが

(一)  少年には本件非行に至るまで道路交通法違反二件(いずれも広島家庭裁判所で審判不開始決定)の外、目立つた非行が全くないこと。

(二)  少年は本件非行当時○○高校三年生で本件により同校を退校したものの、本件が原裁判所に係属する以前、検察官の配慮により身柄釈放中、東京都所在の○○大学附属高校定時制四年に転校手続を完了し、同校に就学しており、検察官より原裁判所に事件送致の当時は、既に卒業試験と大学入学試験の準備中であつたこと。

(三)  本件の被害者○邦○子も、原審判時には十余万円の慰藉料の支払を受けて、少年に対し宥恕の意を表し、その被害感情も相当和らいでいたこと。

等の諸事情も認められるので、以上を併せて考察すれば、少年については担当調査官の処遇意見にもあるように、少年法第二五条の規定を活用して厳格な遵守事項を付したうえ、相当の期間その行状を試験的に観察し、一応高校卒業の資格を得る機会を与えながら、仔細にその推移を見極めた後、最終決定をなすべき案件であつたと思料されるのである。

なお少年の保護者は原決定後、本件の共犯少年であるD・Kの保護者と共同して、さらに被害者に対し五〇万円の慰藉料を支払つて被害者感情の宥和に努め、またたまたま少年も高校卒業試験の受験直前にあつたところから、当裁判所も一時原決定の執行を停止し、少年を保護者に引渡したうえ暫らく様子を見たのであるが、その後における経過は極めて良好で、少年は○○大学附属高校を無事卒業し現在は同大学法学部に入学し、過去における自己の非を深く反省し真面目な学生として生活することを誓つている。また少年の母も従来の保護態度を反省し、少年の遊学先で少年と同居して監督する決意を示し既にこれを実行に移しつつあるのである。他方被害者も現在では前記のとおり共犯少年からの分をも含み合計六二万円の慰藉料を受けとり、少年の将来のため寛大な処分を望んでいる状況である。

以上の各事情を総合すると、在宅保護のままでも少年を更生させ得る見通しが極めて強いのであるから、これを収容保護した原決定はその処分が著るしく不当と云うの外はなく、本件抗告は結局理由がある。

よつて少年法第三三条第二項に従い原決定を取り消し、本件を原裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 幸田輝治 裁判官 田辺博介 裁判官 植杉豊)

参考

執行停止決定(広島高裁昭四〇(く)二号昭四〇・一・一四第一部決定)

少年 I・S(昭和二一・四・一九生)

右少年に対する昭和四〇年(く)第二号抗告事件につき、その附添人藤堂真二、原田香留夫より、原決定の執行停止の申立があつたので、当裁判所は少年法第三四条但書により、左のとおり決定する。

主文

少年I・Sに対する強姦致傷保護事件について、昭和三九年一二月一四日広島家庭裁判所が言渡した中等少年院送致の決定は、右保護事件につき当抗告裁判所の決定のあるまでこれを停止する。

(裁判長判事 尾坂貞治 判事 幸田輝治 判事 藤原吉備彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例